孤児院へ

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9月16日 火曜日
【韓国】 プサン




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山の中のベンチは静かな木漏れ日に包まれていた。

コンクリートでできたとても寝やすいベンチだった。



気持ち良く眠れてノソノソと蚊帳から体を出す。
横に何かの石碑がたっていた。
慰霊碑のようなその大きな石には韓国語で文字が書いてあるが読めない。

ゆうべ寝床を探し回った挙句に見つけ出したこの森林公園。
公園というか山の中に簡単な歩道があるだけの裏山の散歩コースといったところ。

ゆうべ深夜の2時くらいにここにたどり着いたので、どんな雰囲気の場所か暗くて全然わかってなかったが、まぁ野宿にはもってこいの裏山だったようだ。

韓国は本当にどこにでも野宿しやすい。

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欧米だったらこんなとこで寝ようもんなら朝の異常なランニングの群れにさらされるところだけど、アジア人にはあの文化はない。

人の姿はほとんどなく、森の中の遊歩道は荒れた様子で壊れた椅子なんかが放置してある。

一見不気味だけど、ここが韓国だから安心して眠ることができる。
他に住みついているホームレスもいないようだ。

本当韓国は治安いいなぁ。



プサンにいる間はここを拠点にしようかな。












藪の中に大きな荷物を突っ込んで隠し、公衆トイレで身だしなみを整える。

さっぱりして身軽になって坂を下って町に出てきた。






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ここはハダンという駅前の町。
プサンの中心部からだいぶ離れた、地下鉄の終着駅のひとつ手前の町だ。

その割りには駅裏にはかなりでかい飲み屋街が広がっており、女の子のセクシーな写真をデカデカと貼り付けたいかがわしい風俗店が堂々と軒を連ねている。

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町自体は郊外の住宅街の駅らしい、これといって何もない平凡なものだけど、裏路地だけ一大ネオン街。

どうやらここはそういう町らしい。











ひとまず飯を食べようと、お客さんが結構入っているなにかの麺屋さんのドアを開けた。

公園で日記を書いたり荷物の整理をしていたおかげでもうお昼時になっており、店内はランチを食べにきたサラリーマンやOLさんたちで賑わっていた。

人気店だというのはわかったんだけど、とにかくメニューが韓国語のみなのでどれを注文してらいいのかひとつもわからない。

読めもしない。


うーんうーん、と悩みながら壁のメニュー表を睨みつけていると店員さんが韓国語で話しかけてくる。
もちろんそれもわからない。

ちんぷんかんぷんでヤマカンでメニューを指ささないといけない。





しかしここは韓国なんだよなぁ。
こういった場面になると、だいたい周りに日本語を喋れる韓国人がいる。


横のテーブルでご飯を食べていたサラリーマンのおじさんが、日本人ですか?と声をかけてくれた。


「ここはチャンポンのお店です。でも日本のチャンポンとは違うんですよね。辛いです。でも人気店だから美味しいですよ。」


かなり流暢な日本語を話すこのキムさんは日本と取引をする貿易会社で働いているとのこと。

プサンでバスキングするならどこがいいか、食べ物は何が美味しいかなど親切にいろいろと教えてくれた。

みんな優しいなぁ。

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「それじゃあ、僕ら行きますね。これ僕の電話番号です。もし何か困ったことがあったらいつでも電話してください。通訳もしますから。」


「ありがとうございます…………あっ!!そうだキムさん!!ちょっと電話をかけたいところがあるんですけど、手伝っていただけないですか?」


「ん?いいですよ、どこにかけますか?」




そしてキムさんにiPhoneの中にメモしておいたとある住所と電話番号を見せた。

こんなとこに電話かけてどうするんだ?みたいな不思議そうな顔をしたキムさん。

俺が事情を説明すると快く自分の携帯で電話をかけてくれた。













旅の終わりに孤児院に行こうと思っていた。

ソウルの友達のジュンジュンに協力してもらってプサンの孤児院を調べたところ、いくつかの施設を見つけた。

その中で1番大きく、そして音楽に力を入れているという場所があったので、そこに訪れたいと思っていた。


キムさんは調べていた番号に電話をかけてくれ、その旨を韓国語で伝えてくれる。

どうやってこの施設のことを知ったのか、どうして訪れたいのかなど、向こうからいくつかの質問があった。

キムさんに通訳してもらいながら質問に答えた。


「フミさん、この孤児院はプサン市内からとても離れた島の山の中にあるみたいで、バスもタクシーも走ってないそうです。だから施設の人が車で迎えに来てくれるそうです。ここで待っててください。それじゃあ僕は仕事に戻ります。」


出来れば僕も一緒に行きたいけど仕事があるからすみません、と残してキムさんは急いでお店を出て行った。

貴重な休憩時間なのに快く引き受けてくれたキムさんに何度もお礼を言った。

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別に大したことは考えていない。
俺にできることなんてたかがしれている。


一度トルコの学校に遊びに行った時に、たくさんの子供たちが遠い外国からやってきたミュージシャンの訪問を喜んでくれた。
あれはとてもいい日だった。

きっと彼らは、ギター1本だけですっごく遠いところからここまでやって来たということを彼らなりにすごいと思ってくれたはず。

音楽ってすごいなぁと思ってくれたはず。


音楽はすごい。
それを伝えたい。
音楽は必ず人生を豊かにしてくれる。
間違いなく。

インドの路上でホームレスの子供にどうにか歌を教えようとして何ひとつ教えられなかった歯がゆさは今もハッキリ覚えている。



これまでホームレスの子供に群がられるたびにずっと思っていた。

俺と同じように路上で音楽をやれば確実に稼げるのに。

しかし彼らは汚れた手でガムやボールペンを売って1日に300円くらいを手に入れることしか金を得る方法を知らなかった。

未来ある子供ならいくらでも何かを練習し、積み上げて習得する時間があるのに。




音楽で貧しさをはねのけられると今も信じる。

人生の悲しみも、多少は和らげてくれる。

たくさんの仲間が出来るし、たくさんの笑顔が生まれる。

本気で取り組んだとしたら結構大変ではあるけれど、必ずその分の喜びを与えてくれる。

ほんのちょっとでいいから、音楽って予想以上にすごいってことを教えたい。











30分くらいして1人のおじさんがお店に入ってきてフミ?と声をかけてきた。

ニコニコしたおじさんの車に乗り込んで、街を背に走った。


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車は大きな橋をいくつか渡り、巨大なコンテナターミナルの港湾の横を抜け、どんどん田舎の方へと向かう。

30分ほど走ると緑豊かな島に渡り、その中の集落へと入っていく。


小さな小さな集落で、車1台がギリギリ通るくらいの細い路地をすり抜けながら車は進み、のどかな田園風景の中を進んでいく。

だいたいこういった施設ってのは人里から隔離された場所にあるもんだけど、実際こうして訪れるのは初めてだったかもしれない。


山の中へと入っていき、マジでこの先になにかあるのか?っていう奥地の道のどん詰まりに、隠れるようにソヤン保育園はあった。












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車を降りると虫の鳴き声がミンミンと響き渡っていた。

森の中にひっそりとたっているいくつかの建物はどれもカラフルで、木々の緑と対照的に明るい雰囲気を漂わせている。

しかしその子供向けのカラフルな色合いが逆に陰鬱さを演出しているようにも見える。

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真ん中にバスケットコートの広場があり、それを囲んでライブラリーと書かれた建物や食堂の入った建物、広場の端には小さなステージもある。

決して大きくはないが、孤児院としてはそれなりに広い場所なのかな。





孤児院と聞くと、ストロベリーフィールズフォーエバーの幻想的な物悲しさが頭に浮かぶ。
霧に包まれた森の中に鉄格子の門があり、お婆さんが座って子供たちを迎えている。

夢の中から聞こえてくるような朧げなジョンの声。

現実は歌の中のように霧に霞んではいないが、同じような寂しさはある。




「アラー、シットプリーズ、プリーズ。」


オフィスの中には何人かの大人たちがいて、みんな英語はほとんど喋れないが暖かく迎えてくれた。

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このいきなりやってきた汚い身なりの謎の日本人が一体誰なのか、一応説明はしているがあまり理解はしてもらえていないようだった。

そりゃそうか。
世界をギター1本で2年旅してきました、子供たちに何か伝えたいです、なんてあやふやな理由では怪しさに輪をかけるようなもんだ。

それでもみなさんはこの正体不明の男にパスポートを見せてくれとかって身分確認も求めずに、インターネットの翻訳アプリを使ってコミュニケーションをとってくれた。








このソヤン保育園は90年以上も前からここで子供たちを受け入れてきた歴史あるチルドレンホームだった。


82人の子供がここで暮らしており、今はさっき通ってきた集落にあった学校にみんな勉強に行ってるようだ。

子供たちの全員が天涯孤独というわけではなく、お爺ちゃんお婆ちゃんがいたり、片親の子もいるみたい。

もちろん両方いない子もいる。

4~5歳のヨチヨチ歩きの子供から18歳の高校生までおり、子供たちは高校を卒業後にホームを出て大学に行くんだそうだ。


施設の職員は25人。
料理人やカウンセラーや先生などがいて、運営は国からの補助金によるところが大きいとのこと。

しかしそれだけでは充分ではなく、特に冬になると経費がかさむので、様々な形での寄付によって成り立っているんだそうだ。



この孤児院に興味を持ったのはただ他に比べて大きな施設だからというわけではない。

音楽に力を入れており、ソヤンオーケストラという子供たちによる楽団を持っているんだそうだ。

すでに音楽に多く触れ合ってきている子供たち。
そんな彼らなら、音楽で海外を旅するということをイメージしてもらいやすいはず。

まったく興味のない子供たちに滔々と語って聞かせるには俺にはもう時間は残っていない。




「プサンではどこに泊まってるんですか?」


という質問に、ゆうべは山の中のベンチで寝ましたなんて怪しさがほとばしるような発言はとても出来なくて今日プサンに着きましたと答えた。

それからもなんとか自分が不審者ではないという身の潔白を翻訳アプリを使って説明し終えると、施設長の上品そうなママが奥の方にあるゲストルームの建物に案内してくれた。


部屋の中は広々とした綺麗な作りで、隅にベッドが置いてある。
ここに泊まってくださいと言ってくれた。

子供たちが帰ってくるのは16時すぎからということなので周りに散歩に出かけた。












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森の中の一本道を下っていくと遠くにさっきの集落が見える。

秋の気配に少し色づいた田んぼの緑が風に揺れている。

薄い青の空が山々の上に広がり、その先に海が見えた。

風がどこからか吹いてきてザワザワと森を吹き抜ける。

静寂が夏の終わりを告げていた。







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ぼんやりと畑の中の道を歩いていく。

外国人なんてまず来ないであろう小さな集落なんだろうけど、不思議とすれ違う人たちは特に俺に興味もなさそうで、アニョハセヨと当たり前のように挨拶してくれる。

俺もアニョハセヨと挨拶しながら、そのとりとめて何もない民家の軒下を抜け、歩いた。






ふと、あまりに胸が締めつけられて座り込んだ。

風景がいつか見たどこかの町に似ていて音もなく重なる。

でもそれがどこだったかなんてわからない。

その去来は白昼夢ほど唐突ではなく、回顧のようなさざめきでもなく、喉の奥を詰まらせた。


泣きそうになりながら歩いた。

途中、民家の前に飼い犬がいたのでしばらく座って頭をなでた。

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孤児院に戻ると、すでに数人の小さな子供たちがバスケットコートの中でボールを蹴って元気に駆け回っていた。

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アニョハセヨと挨拶すると、なんだこの怪物は?みたいなこの世の終わりのような顔で呆然と立ち尽くして俺を見てくる。

スタッフのおばさんが笑顔で俺のことを教えると、警戒しながらもアニョハセヨと言ってくれた。

他の小学生くらいの子供たちは向こうから元気にアニョハセヨ!と言ってきてくれ、田舎の子供らしい素朴さがある。







18時になると、どこからか呼びかける放送が流れ、子供たちがワラワラとひとつの建物に入っていく。

たくさんのテーブルと椅子が並んだ食堂スペースにはいつの間にか数十人の子供たちが集まっており、みんなそれぞれにトレーを持って列を作り、食事をお皿に盛りつけてもらっていた。

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俺もスタッフのおじさんとその列に混じって並び、お残しは許しませんよ!みたいな飯炊きおばちゃんにご飯をついでもらった。

食事のメニューは決して豪華なものではなく、キムチや煮干しなどの簡素なものの横にわずかに味の濃いひき肉と卵の主菜が乗せられており、それにチゲのスープがついてきた。

健康的な内容ではあるが、育ち盛りの子供にはこれでは物足りないだろうな。

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学校から帰ってきた子供たちは年齢別、性別に分かれた建物の中に入っていく。

2人1部屋の割り当てで、子供たちはここで集団で生活しているようだ。

建物にはそれぞれにWi-Fiもあるし、コンピュータルームもあり、まぁバッグパッカーが泊まるブタ箱みたいな安宿に比べたらとても快適。

しかしそれが旅という非日常ではなく日常のことならまた話は別だが。

ここは林間学校でもないんだよな。



「フミさん、もし良かったらそこのステージで歌ってくれないかしら?きっとみんな喜びますから。」


話し相手がいないのでどうにも所在がなく、こうなったらギターを持ってきて強引に子供たちとコミュニケーションをはかろうかなと思っているところに願ってもないお話。

もちろんやらせていただきますと部屋に戻ってギターを持ってくると、バスケットコートに椅子が並べられ、ステージに照明がつけられ、即席のライブ会場が出来上がっていた。

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ママがステージに立ち、カラオケ用のマイクを使ってみんなに俺の紹介をしてくれる。
何て言ってくれてるのかはわからんけど、まぁ日本から来た歌手なんですよーってとこか。


ギターを持ってステージに上がる。
淡い照明が子供たちを照らしている。

子供たちのユーマを見るような目には変わりはないが、笑顔にしてやろうと気合いを入れて歌った。

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すると、歌を聞きつけた高校生とかの年長の子供たちが建物の中から飛び出してきた。

1曲終えるころには結構な人数が集まっており、ブラボー!という声と拍手をもらうことができた。

よかった、という安堵で気分を良くしながらもう1曲。









そして最後にみんなに話した。


「僕は2年かけて世界を一周してきました。60ヶ国の国で歌いました。僕のFacebookには世界中の友達がいます。音楽はとても素晴ら……………みんな英語分かるかな?」


これだけ人数がいたら誰か英語のわかる人がいて通訳してくれるってのがいつもの流れなんだけど、みんなキョトンとしたまま。

何か言ってるなーって表情。


うーん………まぁいっか。
外国人の歌手ってだけで彼らには充分珍しい存在ではあるだろう。

きっと何か感じてくれるはず。







最後の歌を終えると、アンコールの声が響き渡った。


まだまだ、伝えきっちゃいないぞ。

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