カンボジアの国境は気をつけよう

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7月10日 木曜日
【ラオス】 デッド島
~ 【カンボジア】 シェムリアップ





日本人宿に泊まろう。



金が本気でスーパーヤバい。



次の目的地のシェムリアップで観光客相手に頑張って稼ごうと思っていたのに、何を勘違いしたのか日付けを1日間違っていてシェムリアップに1日しかいられないことが判明。

シェムリアップではアンコールワットに行かないといけないので、その1日も潰れる。

歌う時間がほぼない。


痛恨のミス。

現在の手持ちは2万円ほど。

このままだと移動費とビザ代とか払ったらインドでゼロ円になってしまう。



インドで0円。
限りなく死に近い。



しかし俺は別で2万5千円持っている。
忌まわしきボスニアヘルツェゴビナとブルガリアの呪縛。

こいつを換金できればインドでカレー屋さんにならずに済む。


というわけで日本人宿に行こう。

そこでこれからヨーロッパ、バルカン半島を回る人を探し出してなんとか換金してもらえないかお願いしよう。

別に欧米人宿でもいいんだけど、白人って結構用心深いし、日本人同士の方が信頼してもらいやすい。









「えー、ウチも日本人宿泊まったことないから緊張するなぁ。」


「ていうかデッド島最高やったねー。」



朝8時。
島の船着場にやってきた。

近くの商店でカップラーメンを食べ終わると、色の黒い若い兄ちゃんが船に乗れと言った。

ほんの小さな小舟に数人のバッグパッカーたちと乗り込むとエンジンがかけられ、ゆっくりとこの中洲の隠れ島から離れた。








いくつもの小島を縫いながら船はメコン川を渡っていく。

このまま対岸の小さな町に着いたらバスに乗り換えて1時間ほどでカンボジアとの国境だ。

値段は船とバスを合わせて50000キップ、600円。
デッド島でどこででも買うことができる。

シェムリアップまでのチケットを買ってもよかったんだけど、アジアの相場で言ったら15ドルくらいの距離を40ドルという足元見過ぎなふざけた値段だったので、国境から刻むことにした。

きっと国境からローカルなバスがあるはずだ。

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船はナカサンというどローカルな町に着岸した。
このあたりの中心地であろう町で、朝から市が立ってすごい賑わいを見せていた。

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野菜やら魚やら、いろんなものが雨上がりのぬかるんだ土の上で売られており、行き交う人を押しのけながらリアカーやバイクが走っている。

4000あるというこの中洲群の島に住んでる人たちも買い物に来るようで、船着場には無数の小舟がひしめいていた。


まさにアジア。
ジャングルと大河の隙間に木造の小屋が隠れている。

あまりに地面がべちゃべちゃでキャリーバッグはすぐに泥まみれに。
サンダルがぬかるみにはまって脱げてしまうので、裸足で歩いた。

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やっとこさ見つけたバスステーションにはすでにたくさんの欧米人たちがいたが、みんなやることもなさそうに椅子に座っていた。


「ハーイガイズ、カンボジアに行くんだよな。じゃあこの用紙に記入して。」


そこには英語の話せる兄ちゃんがおり、入国カードやカンボジアのアライバルビザの申請用紙などを用意して待ち構えていた。

周りのみんなと同じように俺たちもその紙に記入する。

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「じゃあビザ代が32ドルね。」





ん?ちっと高くねぇか?

デッド島で聞いた話では日本人ならビザ代は25ドルだと聞いていた。


なるほど、これが噂のカンボジアビザ代行代か。


バスのスタッフが乗客のパスポートを全部集めてまとめてイミグレーションで手続きをしてくれるんだけど、おかげで水増ししたビザ代を取られるというもの。

これを不服に思った人が自分たちで手続きしてくるからいい、とカスタムでバスを降りようとしたところ、そんな勝手なことをするやつは置いて行くと脅されたらしい。

1人頭5ドル以上水増ししてるんだから大変な儲けだ。

おそらく国境の警察からなにから全てに利益が回るようにこのシステムが出来上がってるんだろう。

下手にもめて置いていかれて今日中にシェムリアップに着かなかったらシャレにならない。

ここは大人しく32ドル払うことに。




しかしまぁこいつら、周りに何もないからってやりたい放題もいいところで、オーストラリアドルで払おうとしたら足元見てものすごいレートを平然と言ってくる。

100オーストラリアドルは80USドルだと言ってくる。
本当は換金屋でかえても90USドルくらい。


そんであと足りないのが20USドル分だから30オーストラリアドルでいいよ、とか言ってくる。

馬鹿か?30オーストラリアドルは27USドルだぞ?


あ、払いたくない?いいよ、はいさようなら、とムカつく顔で笑っている。

どっちにしろ払わないとしょうがない。


じゃあさっきのレートで払うなら4ドル釣りをくれと言っても、そんなこと言うの?じゃあ銀行行ってきたら?このあたりないけど、とムカつく顔で笑っている。


アジアの国境付近の金のやり取りは本当に注意が必要だな。












多少不服に思いながらも払わないとどうしようもないので、大損しながらビザ代を払い、トイレへ行った。

するとトイレの前で欧米人の兄ちゃんが地元のオッさんとなにかやり取りしていた。

どうやらトイレに2000キップ払わないといけないのだが、兄ちゃんはもうキップを持っておらず、それなら使わせないとオッさんが断固断っている様子だった。

ポケットの中を探ると、くしゃくしゃの3000キップが出てきた。

これで2人分お願いしますと言うと、オッさんはしぶしぶトイレに入れてくれた。


「サンキュー!!サンキューベリーマッチ!!」


欧米人の兄ちゃんは慌てながらトイレに駆け込み、俺もお腹を押さえながらトイレに入ると、隣から下痢の音が聞こえた。

みんなお腹壊してるな。
焦る気持ち、今ほど痛いほどわかるよ………










いつになったら出発するんだと、待たされ疲れてうんざりしてるころにようやくバスがやってきて乗り込んだ。

そしてあっという間に国境に到着し、俺たちは端っこのボロボロの食堂で待たされる。

バスドライバーがイミグレーションに行ってる間ここにいろというわけだ。

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しかし暑い。
やっぱり南にくだってくると一気に気温があがって、何もしてなくても汗が流れてくる。

カスタムの周りはジャングルと一本道があるだけで、他には何もない。
殺風景な中に、無駄に派手なカスタムの建物が立ち尽くしている。

バス停らしきものも見当たらない。


こりゃローカルで刻むっていうレベルの話じゃなさそうだ。
おそらくツアーで手配されていなければバスもやって来ないような、そんな僻地の国境みたい。


とりあえずここからシェムリアップまでは6時間ほどのドライブだという。
ならばだいたい10ドルもあれば足りるかなと値段を聞いてみた。




「35ドルね。」



マジでムカつく。
なんだその値段。

すぐに言い訳がましく、みんな同じ値段払ってるから、と付け加える英語の話せるオッさん。

取りすぎってのを完全に自覚している様子。

ニューロードだからニューロードだから、と新しく出来た道ということを強調してくるがそんなん知ったこっちゃない。

でも、払わないと国境に置き去り。
払わないといけない。

オーストラリアドルで払おうとすると、さっきよりも悪いレートを言ってくる。

あああ!!イライラする!!
なんだこいつら!!どんだけ荒稼ぎしてんだ!!


このカンボジア~ラオス間の国境、マジで要注意。







オールドロードは30ドルらしいのだが、その名の通り道が遠回りになるので時間がかかるらしい。

ニューロードならシェムリアップに到着するのは19時。それならまだ路上ができる。

とっととシェムリアップに着いて歌って稼ごう。

ニューロードのチケットを買って、やってきたバスに乗り込んだ。












バスの中は定員ギリギリの満席。
すでに1人旅の人が2人かけのシートに座っており、俺とカンちゃんが2人で一緒に座るスペースはなかった。
別々に分かれて座らないといけない。

別にいいんだけど、どの兄ちゃんの隣に座ろうかなぁと思っていたら、ある欧米人の兄ちゃんが1人旅の人たちに声をかけてくれ、席を移動してもらい、俺とカンちゃんのために2人分の席を作ってくれた。

その兄ちゃんはさっきトイレ代を払ってあげた下痢の兄ちゃんだった。

ありがとうと言うと、ニコッと笑ってマイプレジャーと返してきた。

この日、この兄ちゃんは1日中俺たちのことを気づかって何かと助けてくれた。

下痢の恩はでかい。

そしてたった数十円のことなのになんとかして返そうとしてくれる気持ちがとても嬉しくて、ぼったくりの嫌な気持ちも少しは晴れた。








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バスはカンボジアへと突入。

原野の中のデッコボコ道をひっくり返りそうなほど揺れながらノロノロと走っていくバス。

道悪すぎる。


さっさとシェムリアップに着いてしまいたいのに、バスはまたどこかわけのわからない道端に止まり、シェムリアップに行くやつらはここで降りろー!と言われる。

太陽がギラギラと照りつけるボロい町の中、スタッフの後をついて歩くと、









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また船かよ…………



ニューロードじゃねぇのかよ…………
ニューロードってなんだよ………





誰も彼もウンザリしながら甲板へ上がる。

次はトロッコに乗るはずさ!とスペイン人が冗談を言っている。

中国人バッグパッカーの4人組と仲良くなり、彼らとおしゃべり。

日焼け止めクリームを塗って日傘をさしている彼ら。
んー、中国では男子も色白がモテるのかな。







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灼熱の甲板の上でひたすら待たされる。
客室があるような船ではない。

ただの鉄板。
鉄板にエンジンついてるだけ。

これに車を載せて対岸を行き来しているみたい。
なので直射日光にさらされてクラクラしてくる。


シェムリアップまでは本当に大した距離ではない。
でもさっきから乗り換えのたびに1時間以上待たされている。
段取り悪すぎる。効率悪すぎる。



対岸からようやく船がやってきて、俺たちがいる甲板にドッキングした。

するとそこからコントが始まる。

対岸からやってきた船には車が6台くらい載っている。
もちろんこちら側に降りるんだけど、その通路にこちら側から船に乗ろうとしている車が並んで道を塞いでいる。

オーライ!!オーライ!!とか叫びながら一旦全部の車を動かして、超ギリギリの隙間を何度も切り返しをしながら抜けて行く。

俺たちバッグパッカーたちも乗っているので、轢かれそうになるし排気ガスまみれ。



バカ。
マジバカ。



こんな小さな甲板に車突っ込ませていたら船から車が降りられないってことくらい猿でもわかるのに、一生懸命に数センチの隙間でオーライオーライ!!とか叫んでる。

これを毎日やってる。

上の道路脇で待機させておくとか考えずに。






そのわけのわからないコントのおかげでさらに無駄に時間が流れイライラしていると、今度はメコン川名物のスコールがものすごい勢いで降り出した。

屋根のない甲板の上でアリのように慌てふためくバッグパッカーたち。
急いで船の奥の屋根の下に逃げ込むみんな。

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川の向こうが見えなくなるくらいの土砂降りと暴風で、全員びしょ濡れ。

なるで難民船。




なにこれ?

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もう勘弁してくれよ……というところに車やらバイクやらが人を押しのけて突っ込んできて、もう本当謎の状況。

このなめきった移動で35ドルですか。

ナイス商売。














雨に濡れながら立ちっぱなしで川を渡ること30分くらい。

室町時代みたいな森の中の船着場に到着。

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ここからはミニバンに乗り換え、あとは一気にシェムリアップだ。


到着時間は19時。
なんとか今夜歌って、今日使った金を少しでも取り戻したい。
予想外すぎる大出費だったので、このままだとマジでインドで文無しスタートになってしまう。

それだけは避けないと。










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バンは本当に何も無い原野の中を走っていく。

たまに見える集落は茅葺屋根のベニヤ板で作ったような掘っ建て小屋で、高床式のつくりになっている。

田んぼでは稲作をやっており、牛の群れが道路をふさぐたびにスピードを落として牛たちをかきわける。

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そんな弥生時代みたいなこの道のどこがニューなんだこの野郎!!

これがニューならオールドは縄文じゃねぇか!!



飯は美味え。

これで2ドル。

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あ、カンボジアはレアルっていうお金とアメリカドルが両方使えます。
















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夕日が原野に沈み、辺りが暗闇に覆われる。

外灯などひとつもない一本道をヘッドライトが照らしだす。

暗闇の中に民家もたまにあるけれど、電気ではなく火をおこして灯りをとっているようだった。


エアコンなんてもちろんないだろうし、パソコンもないかもしれない。
水洗トイレもないだろうし掃除機もないはず。

こうして文明からかけはなれた暮らしをしている貧しい人々を見ると、彼らの人生の喜びと俺の感じる人生の喜びはまったく別物なんだろうと思える。

泥にまみれて暮らして、汚れた体で眠り、不衛生なご飯を食べて、ゴキブリが足をのぼってくるような生活。

きっと遠くに行くといってもせいぜいシェムリアップくらいで、大半の人が隣の国も知らずに人生を終える。

では物で溢れて、いつでも美味しいものが食べられ、教育と医療を受けられる日本の暮らしを豊かというのか。

人生に対する満足度は、色んなことを知ってしまうたびに減っていく。
もっともっとと思っていく。


こんな僻地で田んぼで泥にまみれながら牛と暮らす人々。
生きてる意味とはなんだろう。
何かを積み上げることか。
ただ喜びを追求するだけでいいのか。

楽しんだものが勝ち、と単純には言えない。
日本で生きるにはしがらみから逃れられない。

俺は日本で生きていきたい。だから日本の豊かさの恩恵を受け、その中で本当に豊かさを見つけないとな。













バンは予定時刻の19時を大幅に過ぎて21時にシェムリアップに到着した。

しかも到着と言っても、いつものように郊外のわけのわからん道端。

ここからまたトゥクトゥクと交渉して町に向かわなくてはいけないという意味不明なワンクッション。

大型バスじゃなくてただのバンなんだからそのまま町まで行ってくれればいいものを。

おかげでもう路上はできそうにない。




バンを降りるとすぐに待ち構えていたトゥクトゥクドライバーたちが群がってくる。


「町までどのくらいの距離ですか?」


「7キロくらいだぜー。早く乗りな!!ホラホラ!!」


「いくらですか?」


「1人5ドルになりまする。」



あーもう………
ラオスでもタイでもその距離なら1人2ドルも出せば乗れる。
こんな夜の郊外だもん。言いたい放題だよ………

中国人の4人組のみんなもその値段に冗談じゃないと怒っている。
今夜は日本人宿に泊まるつもりだと言うと彼らも一緒に行っていい?ということになっている。

彼らはどこにでもいるフレンドリーなバッグパッカーで、英語もいけて、優しいやつらだ。



ドライバーに日本人宿の名前を言うともちろん知ってるぜー!!と得意げだ。

ただ話によるとその日本人宿も他の日本人宿もどれも町の中心部から結構離れているとのこと。

シェムリアップにはナイトマーケットや、パブが並ぶパブストリートなど、観光客がわんさか集まる場所が中心部にあるそう。
そしてその周辺にも安い宿はたくさんあるそうだ。


んんん…………日本人宿に行ってヨーロッパに行く予定の旅人にお金を換金してもらいたい。

でも日本人宿からだと町まで遠い。

あー!どうしよう!!








結局、便利さを重視して中心部に向かうことにした。

ハンやユアンなど中国人たちの根性すぎる値引きで1人3ドルで町まで行ってくれることに。


俺たちを乗せたトゥクトゥクはシェムリアップの町の中を走っていく。

大通り沿いにはかなりデカいラグジュアリーなホテルが並び、ここが世界屈指の観光地だということを示している。

建物も人もとても多く、ラオスにはなかった都会の活気に溢れていた。










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ナイトマーケットは無数の土産物屋さんと観光客がひしめいていた。

観光地独特の匂いが漂い、客引きがメニュー表をひらひらさせながら通り過ぎる人たちに声をかけている。


とにかく今は宿探し。

中国人のみんなと路地裏へ向かうと、すぐにドミトリー3.5ドルの宿を見つけた。
どうやらどこも同じような値段。

しかし、俺がもうここでいいよと言っても中国人ってやつはとにかく慎重で、少しでも快適な場所を探そうと何軒も宿を見にいっている。

譲らない頑固さはまさに中国人って感じ。
そして押しも強い。簡単には諦めない。







ようやくみんなの意見が一致し入ったのはドミトリーのない宿。
ツインベッドの部屋が8ドル。

結局日本人全然いないし………
もう23時前で路上できないし………


仕方ないので今夜のうちにいろいろと情報を集めておくことに。


まず明日、アンコールワットを攻める。
バスとかはないらしく、さらにかなり広大な敷地のあちこちに散らばるように遺跡があるらしく、歩きではもち無理。

自転車でもいいけど、一般的なのはトゥクトゥクをチャーターする方法。

トゥクトゥク1台15ドルでチャーターでき、夜明け前からアンコールワットに向かいサンライズを見て、主要な5つの遺跡をぐるりと回ってくれる。

ハンたちも明日行くということなので、根性出せば6人で1台のトゥクトゥクに乗れる。
しかしそれではあまりにも狭いので2台で行くことに。1人5ドルだ。

アンコールワットの入場料は20ドル。
3日券は40ドル。


さらに明後日にはすぐバンコクに向かわないといけない。
ここシェムリアップからバンコクまではだいたい8時間のドライブで12ドル。安い代理店なら10ドル。


んでさっき歩いてて見かけた代理店の看板には、デッド島まで25ドルと書いていた。
向こうから来ると40ドル。うん、見なかったことにしよう。

ていうか換金損を考えたら50ドルくらい失ってるし、もしかしたらビザ代の水増しも少ないかもしれないっていうかもう考えないようにしようよ…………






というわけでマ、マジで金がやべぇ…………

このままだとインドに着いたとき500円くらいしかない…………

今夜はもう歌えないが、明日このシェムリアップ、そしてあさってにバンコクで歌える。

しあさっての昼にフライトなので、この2日でどれだけ稼げるかでインドでのカーストが決まってくる。
このままでは最下層。









とにかく今日も朝イチからめちゃくちゃな移動で疲れた。

でも明日のために少し周りを散歩して路上ポイントを下見しておくことに。

ナイトマーケットは23時を過ぎると片付けがはじまり、人が引き始める。
そこから奥に進んで行くと、いくつかのレストランが並ぶ通りへ出る。
屋台やトゥクトゥクがわらわらとひしめいている。

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さらに進んで行くと、なにやら観光地の浮かれた空気が漂い始めた。

そしてパッと通りが開けた。

そこにはカオサンロードほどではないが、クラブが爆音を轟かせるホコ天の通りがあり、若い白人たちで溢れていた。

photo:26



なるほど、やっぱりこいつはど観光地だ。アジアの都市にはどこにもバカノリのクラブ街がある。

世界中の国にチャイナタウンや日本人街はあるけれど、こうしたクラブ街こそ白人街っていえるよな。


あまりにやかましくてここじゃとても歌えないなと思っていたら、悲鳴とともにクラブの中から白人の若者たちがなだれ出てきて、通りの真ん中でド派手な乱闘を始めた。

総合格闘技を映しているでかいスクリーンの前でリアル総合格闘。


日本でこんなに外国人が集まるナイトスポットと言ったら米軍基地がある町くらいだよな。






ビールを1本だけ買って帰り、すぐに酔っ払ってベッドに倒れた。

明日は4時半起きで夜まで忙しいぞ。








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