ここぞの時

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5月15日 木曜日
【ニュージーランド】 グレイマウス






グレイマウスのイクゾーハウスはなかなか快適な目覚めだった。

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綺麗な公園だけども朝のランニングの人たちがまったく来ず、ゆっくり眠れることができた。

もちろんまだまだ寒いことには変わりないが。








昨日ニュージーランドを出る航空券を確認したところ、勝手に18日だと思いこんでいたフライトが実は20日だったという勘違いが発覚。

おかけでニュージーランドの滞在が2日伸び、超ギリギリだと焦っていたオークランドまでのヒッチハイクにあと5日かけていいことになった。

これなら楽勝だ。

もう1日だけこのグレイマウスで稼いで明日から北上を始めるとしよう。







このところ忙しい毎日だったので久しぶりに1人でゆっくりとした時間。

寂しく静まり返ったグレイマウスの町の中を歩いた。

鮮やかな快晴の空。
冷たい風と暖かい太陽の日差しの中、線路沿いのひと気のない通りに車の整備工場や小さな工場が並んでいる。

どこか懐かしい地方都市の光景。





図書館へ行き、快適なWi-Fiでネットをして日記を書く。

それから楽しみにしていた昼ごはんは昨日と同じドミノピザ。

たったの5ドルでこんな大きなピザと1ドルのペプシが飲めるなんて最高に贅沢だ。

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今日もスーパーマーケットのニューワールドにはたくさんの車が止まっており、たくさんのお客さんが行き交っている。
こんな小さな町なので、みんなお買い物といえばここに来るんだろう。


人々を見ていると、ゴム長靴を履いてる人がやたらと多いことに気づいた。
作業着を着た人もたくさんいる。

きっと工事現場や農業がこの町の人々の大半の仕事なんだろうな。









15時にニューワールドのエントランスの横で路上開始。

今日もたくさんの人が立ち止まり、隣のベンチに座り、歌を聴いてくれる。

スーパーから出て来る時にお菓子なんかの差し入れを置いてくれる人もいる。

喉の調子は悪くない。むしろいい。

もっといい声を、もっと正確に、それでいてもっと隙を作って、もっと挑戦する。


歌は語るように、語りは歌のように。


昔、北海道でとある大道芸人さんに言われた言葉。

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曲を終えると、さぁ次の曲は今までの人生で1番いい歌を歌おうと思いながらギターを弾き始める。

その曲を終えると、次はもっといい歌にしてやろう、と気合いを入れる。



そんな時にいつも思う。

今までの音楽人生で、ここぞ、という場面はどこだったか。




自分に出来る最高の歌を歌わないといけなかった、ここぞ、の場面を想像する。



日本一周を終えて帰って来た時のライブだったか。

憧れの師匠と初めて同じ舞台に立った時だったか。

三上寛さんの前座をやらせてもらった時だったか。

あの厳しいライブハウスで初めてメインをやらせてもらった時だったか。

大好きなあの女の子を落とそうと歌った時だったか。






あの時より、きっと今はマシな歌が歌えているはず。
今の俺があの時、あの場面に戻れたら、きっとあの時の数倍いい歌を歌えるはず。


そんな子供じみた妄想。
でもそれが結構効果的だったりする。
目の前にあの時の光景を思い描きながら歌うと気持ちがこもる。

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高校の文化祭で歌った時、もちろんあの頃は下手くそだったけど、高校生のレベルにしてはまぁまぁ歌えていたと思う。

若い頃なんてそんなもんで、俺が1番だ、って思っていたもの。


あの日の文化祭のステージで自分で作った曲を歌うと、同級生や1年生、2年生からたくさん歓声が起きて、すごく嬉しかった。
自分の曲を人前で歌う快感を覚えてからどんどん音楽にのめり込んでいった。
お前なんか無理だという奴らを見返してやりたかった。





あの文化祭でもスタンドバイミーを歌った。

今の俺ならもっと上手く歌える。

タバコや深夜徘徊がバレて謹慎になった時に生徒指導の先生に、お前の歌で人を感動させることなんてできねーんだよ、と言われて、絶対そんなことないと信じた。




いつがここぞの時だったか。

あの文化祭はここぞの時だったな。


もちろん今、ニュージーランドの片田舎のスーパーマーケットの前もやはりここぞの時だ。












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「イイウタデスネ!スバラシイ!!」


声をかけてくれたおじさんは完全に白人の顔だったが、片言の日本語を喋った。

聞けば日本の群馬県で生まれたんだそうで、少年時代を日本で過ごしたんだそう。

両親はアメリカ人の宣教師だったそうで、東京の保谷に長く住んでいたんだという。


「イヤー、ウレシイデス、イマモ日本ガスキデマイトシ日本ニイッテマス。」


片言ではあるけど、はっきりとした日本語。
ニュージーランドに住んでもう何十年も経つのでずいぶん忘れてしまったそうだけど、会話にはまったく困らない。


「オセンベイハスキデスカ?カッテキマスネ!」


そう言ってニコニコしながらスーパーに入っていった。



その間にも何人か日本語を話せるという地元の方に声をかけてもらい、お味噌セットの差し入れをいただいたりした。

この町にあるバッグパッカーズホステルは奥さんが日本人なんだそうだ。











「ハイ!!オセンベイデス!!タベテクダサイ!!」


お買い物を終えてスーパーから出てきたポールさん。
白髪のはえた初老のおじさんなんだけど、快活で上品な雰囲気が漂うしっかりした人だ。

わざわざ日本のオカキを買ってきてくれてバッグの横に置いてくれ、しばらく話してからポールさんは帰って行った。

たくさんの人にこんなにも歌をしっかり聞いてもらえ、入りも順調。そして楽しいお話もできている。


ああ、いい路上だなぁ。









「フミサン!ヤッパリウチニトマッテクダサイ!!ナニモシンパイイリマセンカラ!!」


帰ったと思ったポールさんがわざわざ引き返して戻ってきてくれた。
うちに泊まってご飯を食べてシャワー浴びなさいと言ってくださる。

こんな寒い中でキャンプなんかしてはいけないと。

ありがたすぎるよ………







もう少しだけ歌いたいですと伝え、19時にまた迎えに来てくれることになった。

ラストスパートの1時間、冷たい風に指を凍えさせながら気合いで歌い、


なんと今日のあがり、288ドルと2オーストラリアドル。

やったぜ。これである程度の金はできた。最悪オークランドまで歌えなくても4万円くらいのプラスでアジア入りだ。

クライストチャーチから入って、こいつはニュージーランドでは稼げないかもしれないな………とお金のことはもう気にしないようにしていたけど、最終的にこれなら文句無しだ。









真面目そうな人柄そのままに、19時ドンピシャで迎えに来てくれたポールさんの車に乗り込んだ。


そしてやってきたのは、どこにでもある欧米の一般的な平屋一軒家。

家の中も小ざっぱりとしており、余計なものがなくてシンプルだ。

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「アー、ホントウノイエハヤマノオクニアリマス。ココハシゴトノタメニカリテルイエデス。」


話を聞くと、どうやら本当の家はここからかなり山奥に入っていった何にもない大自然の中にあるそう。

隣人が1人だけおり、2軒だけの集落で、最寄りの商店まで1時間半ドライブしないといけないような変態的なところに住んでいるそう。

この西海岸のとてつもない自然の美しさはそりゃ素晴らしいものだけど、そんな山の中にわざわざ住むなんてよほどの物好きだな。


「ハーイ、フミ、いらっしゃい。ゆっくりしてってね。私たちは日本が大好きなの!!」


そこに奥さんのサリーさんが帰ってきた。
奥さんはイギリス人で日本語は喋れないが英語をとても聞き取りやすく喋ってくれる聡明で上品な人だ。


話ではどうやら2人とも自然が大好きで、特に山登りはライフワークのように行きまくってるらしく、若い屈強なガイドでも難しいと言われる冬期のマウントクックを難なくクリアーするほどのタフネスと経験の持ち主らしい。

日本の雪山も攻めまくってるらしく、この前、妙高と白馬を回った時の写真を見せてくれた。


「コレ!コレカッコイイデショ!!」


そう言って自慢げに見せてきたのは地獄谷温泉の写真だった。
雪景色の中、お猿さんが気持ちよさそうに温泉に入ってる写真。

これぞ日本って光景のひとつだな。


「ハイ、フミサン、コレビールデス。」


ポールさんがグラスについでくれたビールは黒く濁っており、なにか独特な匂いがする。でもとても美味しそうな匂い。

口に含むとかなりの苦味が広がる。
まろやかで味がしっかりしていて、コクがある。


「美味しい!これどこのビールですか?」


「エ?ワタシガツクリマシタヨ。ヤマノナカナノデ、ナンデモジブンデツクリマス。ビールモジブンデツクッタラスゴクヤスイヨ!」


すげぇ!ビールって自分で作れるもんなんだ!
確かに醸造の過程をキチンと理解していれば材料さえあればそれっぽくはなるだろうけど、こいつはクオリティ高い。

本当に自然と共に生きてるんだなぁ。


そんなポールとサリーの仕事はお医者さんでした。

いつも半年だけ町に出てきて仕事をして、後の半年は遊びまくるという生活をしているそう。

そんな人生の送り方もあるんだよなぁ。これほど人生楽しんでる2人もなかなかいないな。



「グレイマウスには炭鉱があってね。でも3年前に大きな火事が起きてしまって閉山したんだ。近隣の炭鉱も全部閉まってしまった。たくさんの人が仕事を失ったんだ。グレイマウスは本当に寂れているんだよ。」


そんな話をしながらポールが作ってくれた魚とカボチャとライスのプレートを食べた。

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3人でテーブルを囲み、ラジオからはクラシックフォークがゆったりと流れる。

そして食後は2人を前にして歌を歌った。
ソファーに座って抱きあいながら聞いてくれる。


少しビールに酔ったせいでいい具合に声が出る。

部屋の中にパチパチと拍手が響いた。









こんな暖かい場所に転がり込み、シャワーを浴びて、ご飯をいただいて、フカフカの布団で眠れる。

それは歌が繋いでくれたもの。
歌がなければこんなことにはなっていない。

今までもずっとそうだった。
歌があったからここまでこれた。




今夜もまた、ここぞ、の場面だよな。






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