茨城県民の信仰心が中東と張る

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2月8日 金曜日
【ヨルダン】 アンマーン








「フミサン、今日は金曜日デス。わかってマスカ?金曜日はイスラムの休日デス。ヨルダンの国境、早くに閉まりマスデス。」





レセプションのルアイがそう言う。




なんだよそれ…………


休日なのはわかるけど国境もそんなに早く閉まるのかよ………


午前中しかやってないらしく、遅くとも朝6時には宿を出なければいけなかったよう。



「………わかりました。なら明日に行きます。」


「フミサン、明日は土曜日デス。土曜日はユダヤ教の休日ナノデ、イスラエルの国境が早くに閉まりマスデス。国境を越えてもバスがないかもしれマセン。日曜日に行くのが1番デス。」









おらぁ!!
めんどくせぇ!!!


そんなめんどくせぇイスラエルを中心とした中東の歴史!!!!








ユダヤ人って呼ばれる人たち。

ナチスドイツのホロコーストによって不条理な殺戮を受けた可哀想な人々、というイメージが一般的です。
日本人はまぁほとんどがそう思ってるんじゃないかな。
僕ももちろんそうでした。



しかし、ヨーロッパを回っていると、ヨーロッパの人々のユダヤ人へのイメージはまったく違う。

ロスチャイルドをはじめとする大財閥によるユダヤマネーをたくさん持っていて、世界を影で動かしているいけすかない奴ら、とヨーロッパ人は思っていた。


俺はまだ詳しく知らないけど、今のところ聞いた意見はこういったところです。
ヨーロッパ人でユダヤ人を好きな人はほとんどいませんでした。







それはなぜか?


大資本により、世界を動かしているから。

キリストを裏切ったユダがユダヤ人だったから。

マネーウォーによるイスラムへの攻撃を行っているから。

いろいろあります。

正直、よくわかりません。
イスラエル人の友達もいたけど、もちろんそいつはいい奴でした。




その辺の政治絡みはイスラエルに入ってから現地の人に話を聞くとして、

領土問題を。








ユダヤ人はもともと紀元前1200年ごろにモーセとともにエジプトを脱出して、現在のイスラエルの場所に住み始めました。

このイスラエルがある地中海東岸地域の名前を、もともとパレスチナと呼んでいたようです。


パレスチナってのは、地域名なんだね。




そこに古くからユダヤ人が住んでいたようだけど、ローマ帝国の侵攻により彼らはパレスチナから逃げて、世界中に散らばったそう。
これが西暦130年間ごろ。



この地域は戦略的な地理条件もあって、その後いくつもの勢力によって支配されていきます。


周りがイスラム諸国であることから、1200年代後半にはイスラム帝国が支配するようになりました。









時は流れて、1800年代。

宗教者や学者たちにより各地に離散していたユダヤ人たちの帰還運動が提唱されます。シオニズム運動ってやつ。


これにより主にヨーロッパからユダヤ人たちがパレスチナ地方に流れ込んできます。




しかしその時、パレスチナ地方にはたくさんのアラブ人、イスラム教徒たちが住んでいた。
数百年間、パレスチナはアラブ人たちの土地だったわけだから。



ユダヤ人たちは、だってもともと俺たちが住んでた土地なんだし!!と主張。

アラブ人たちは、いやいや、今住んでんのは俺たちやし!!何言ってんの?いきなりやってきて?と反論。



いくつもの小競り合い。
殺し合い。





さらに話をややこしくしたのがイギリス。
イギリスはイスラムの大帝国であったオスマン帝国を破ったことにより、これらの地域のリーダーみたいな存在になるわけだが、アラブ側にもイスラエル側にもうまいことを言い、結局話がこじれてドンドン悪化。



テロや攻撃で、お互いに殺し合いしまくり。


小競り合いは絶え間無く続き、ついに1948年。
ユダヤ人がイスラエルを建国すると宣言。





ソッコー戦争突入ですね。




周辺のアラブ諸国たち VS イスラエル

中東戦争ってやつ。




地理的には、完全に孤立したイスラエルへのリンチ状態なんだけど、まぁユダヤ人は金持ってる。
ドンドンいい武器を仕入れてアラブ諸国を撃退、アンド追撃。



なめんじゃねぇぞコノヤロウ!!ウッヒョーー!!!








そうした、アラブ諸国 VS イスラエルの戦争は4度にも及び、領土の奪い合いを繰り返した上で、現在、とてもわかりにくい国境がイスラエルと隣接国の間に引かれているというわけだ。




その、とてもわかりにくいってのがパレスチナ自治区。

イスラエルの領土でありながら、アラブ人たちによる自治が認められている土地。

ヨルダン川西岸地区、と、ガザ地区ね。



同じ国内のはずなのに、いまだにイスラエルからパレスチナ自治区への攻撃は散発的に行われている。

なぜ?



その辺りの実情ってやつをイスラエル、パレスチナ自治区、どちらにも行って聞いてみたいところだ。







とまぁ、こんな風にイスラエルとアラブ諸国は150年間くらいいがみ合いを続けている。


なのでイスラエルへの入国は厳しいってわけだ。

多分世界でも指折りに。


そしてイスラエルの入国スタンプがパスポートにあるとイスラム国に入れなくなる、というのもこれらの歴史から頷ける。





日本人は比較的入国しやすいみたいだけど、それでもかなり鬱陶しい検査や審査が国境で行われるそう。
かなり。


ここは万全を期したい。






日曜日に余裕を持って入国に望むとするか。


ああああ!!!早く進みたい!!!




というわけで日曜日まで滞在延期。
沈没者です。






ぼけっしてられないので、歌いに行きました。
韓国人のヒョンジェが俺の路上を見たいと言うので、2人でおとといのお金持ち地区に向かった。



おとといきた時は霧がすごくて何にも見えなかったけど、今日はとてもいい天気。





が………全然人歩いていない。


今日はイスラムの休日。
店が全部閉まっている。



それでも、ここまで来たんだからと、ガラガラの通りで歌った。


ポツポツと、周りの暇そうなお店から店員さんが出て来て聴いてくれる。

が、誰もお金を入れてくれない。

写真とビデオを撮るだけ撮って、さっと歩いて行く。



わずかに入れてくれる金額も0.05ジュディーとか0.1ジュディーとか。


ガキがひたすらアラビア語で絡んで来るのを無視しながら歌い続けたが、わずか30分くらいでオッさんにここで歌ってはいけないと言われてしまった。

あがりはわずかに2ジュディー。



「ダイジョブデス。フミサン、グッドシンガーデス。」

凹む俺を励ましてくれるヒョンジェ。
いいやつだ。情けない。










すごすごとまたダウンタウンに戻ったんだけど、このままじゃ気が済まない。
ヒョンジェにもいいところ見せたい。


ダウンタウンでもう一度歌った。

声を振り絞ると、ワラワラと人が集まってきて、歩道が埋め尽くされてしまった。
photo:01



photo:02




相変わらずダウンタウンはクラクションがやかましい。
コジキたちもたくさんいる。

でもこの人懐こさはやっぱり嬉しいもんだ。
photo:03



photo:04







警察に見つかる前に、近くの露店のオッさんに人だかりが多すぎて商売にならんからやめてくれと言われてしまった。


あがりは13ジュディー。
やったぞ。









「よかったらそこでお茶しないかい?」


いい路上をすれば、こうやって声をかけてもらえる。
地元の兄ちゃんたちとカフェに行き、紅茶とシーシャを楽しんだ。
photo:05



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photo:07



photo:10










「フミサン、こうやって地元の人と話せて嬉しいデス。」


そういうヒョンジェ。
旅と言っても普通に観光してるだけじゃ、こうした出会いはなかなか少ないんだろうな。

それにしてもヒョンジェは男前やな。
photo:08













今夜も宿でみんなとお喋り。

茨城県民のショウゴ君のヤンキー話がかなり刺激的で、みんな大爆笑。





「いや、マジで中学の先輩とか学校に血まみれのシャツで来だりしてたんだがらぁ。半端ねっぺよ?」



学校に血まみれのシャツで来たらダメだよ(´Д` )




「その人、腕に根性焼きで十字架いれてて、マジヤバかったんすよ?!そんで通ってた高校がキリスト教の高校っすがらぁ!?半端ねっぺよ!!喧嘩したやつは殴られすぎて味覚なくした奴もいるっすぃ!!」



中東より治安悪い(´Д` )




「そしてその人、豚麺の当たりを100%当てられんだがら!?マジリスペクトだっぺよ!!」




ショウゴ君、タケさん、ヒョンジェ。みんなで大笑い。
日本人宿も悪くない。
photo:09









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