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9月20日 土曜日
【日本】 福岡 ~ 宮崎







この旅最後のミニお国情報


★首都………東京
★人口………1億2千万人
★言語………日本語
★宗教………仏教、神道、など
★建国………紀元前660年。初代天皇即位
★通貨………円
★レート………1ドル=100円
★世界遺産………文化14件、自然4件










手の中には、









汚れた6千円。

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世界一周達成。

旅の費用、0円。




あとは宮崎に帰るのみ。
お金がマジで無一文になってしまったのでヒッチハイクしか交通手段はなし。
飯もなし。
早漏。

死ぬ前に宮崎までたどり着けるか。






って大げさだけどね。

福岡から宮崎の日向までなんて、今の俺にとったら造作もない。
超ヨユー。女の子をちょちょっとイカせるくらいヨユー。もう風俗嬢でも2分あれば失神ですね。
宮崎の素朴なヘベズ娘なんて小指で充分です。足の。


嘘です。調子に乗りました。
だいたい女の子に気を使ってもらって、イッちゃったーって優しい嘘をついてもらってたサイドの男だと思います。

切ないですね。死んだ方がいいです。

でも世界一周で生きながらえたから、これからは少しでも女の子を本当に満足させられるように精進したいと思います。

彼女に隠れてこっそり………!!












博多から宮崎はだいたい車で6時間。
ヒッチハイクでも10時間あれば足りる。

今8時。
なら遅くても18時。今夜の晩飯までの我慢だ。

ヨユーヨユー!!!!


ゆうべ船の中で気が高ぶって一睡もしていないけれど、体はアドレナリンがほとばしってまったく疲れを感じていない。

バッグパックとギターを担ぎ上げ、雨が降り出しそうな暗い空の下、博多港の駐車場を歩き始めた。

photo:02



photo:03













そして気がついたら太宰府インターチェンジの近くまで来ていました。


今こいつ頭おかしいんじゃないか?と思った方がいますね。

僕もそう思います。
3時間以上歩きました。
だってヒッチハイク出来るようなスペースがなくて………

いつもヒッチハイクしようとすると歩きすぎてしまうんだよなぁ。




でもその3時間はとても楽しいものだった。



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目に映るものが全て新鮮に思えた。

日本語の看板、通り過ぎる日本人、どこからか聞こえてくる日本語。

街の様子はいたって外国のそれと同じようなものだ。
人の暮らしというものはそれほど変わりはないし、街の作りや機能も同じだ。

しかしここが日本なんだという事実が見えるものを全て真新しくした。



自動販売機の広告も、居酒屋の暖簾も、パーキングののぼりも、全てが馴染みのあるもののはずなのに、まるで知らない国に来たような感覚だ。

あー、この国はこういう文字で、こういうお店があって、こういう風が吹いているのか。

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自分の存在が今までのように外国にやってきた異邦人のように浮いているように思えた。

俺は世界を回ってきたんだ!!という誇らしさもあり、そんな疎外感を感じていることに怖さを感じもする。

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歩きながら、バッグパックは肩に食い込み、ギターを持つ手が痺れてくる。

休もう、そろそろいったん休憩しようと思いながらもなかなか足が止められない。


バッグパックの重みが愛しくて、ギターを持つ手にもっと痛みを感じたかった。





旅の初めの頃、あれはスウェーデンだったか。

何もない夜の田舎町を外灯に照らされながらトボトボと1人歩きながら、この一歩一歩は地球からしたらミジンコみたいな小さなものだけど、一歩一歩確実に先に進んでいるんだと実感した。



今、あれから果てしなく遠い道の先をまた一歩一歩、歩いている。

進まなきゃ前には行けない。
荷物が体にのしかかる痛みは、そのことを良く教えてくれた。













ようやく車が止まれそうな場所を見つけ、荷物をアスファルトに放り投げた。

そしてギターケースの裏にガムテープで鳥栖と書いた。
思えばこのガムテープはヒッチハイクのためだけに持ってきたようなものになったな。

あれだけ世界中でヒッチハイクしてきたというのに、なぜか緊張している。

日本の人は俺を乗せてくれるかな。

ちょっと恥ずかしがりながら道路に向けて親指を立てた。

photo:11













1台目はわずかに15分で止まった。

最終的には宮崎まで行きたいんですと言うと、ならばこの先に高速道路のサービスエリアがあって、そこは裏手から上がっていける場所なのでそこでヒッチハイクしたらいいんじゃないか?と教えもらい、車に乗り込んだ。




「今日はどちから来られたんですか?」


「あ、博多港からスタートしました。」


「え!!?博多港からあそこまで歩いてきたんですか!?いやー、大変だったでしょう。ところで港ってことはどこから来たんです?」


「あ、韓国からです。世界一周から帰ってきたところで。」


「あ、そうなんですねー。」



乗せてくれたのは20代半ばのお兄さんだった。
フランソワというパンメーカーで商品開発をしているという方で、九州中のセブンイレブンのパンを作ってらっしゃるんだそうだ。

いたってどこにでもいる真っ当な社会人というやつで、喋り方や身振りなどの端々に品性が感じられる。

休日でやることもないので実家に帰るところなんだそうだ。



少し肩すかしだった。
世界一周してきました、と言えばおそらく大きなリアクションがあるだろうと予想していた。

へー!!すごいですね!!っていう感嘆を待っていたのに、兄さんは特に食いつくこともなく、漠然としたイメージで捉えているんだろうという反応だった。


意外ではあったけど、実はそんなものなのかもしれないな。
興味のない人には世界一周なんてただの道楽であって、20代で会社に就職して一生懸命毎日の仕事に打ち込んでる人からしたらただの世捨て人のようにうつるものなのかな。


俺は俺なりに命をかけ、長年の夢だった途方もなくデカイ壁を乗り越えたという充足感がある。
頑張った、って胸を張って言える。

でもそんなこと、誰もが手放しで褒め称えてくれるようなことでは、やはりないんだよな。



「世界一周ですか。僕はまぁいわゆる人と同じ人生を歩んできましたし、人と同じでなければ不安っていう思いがあります。だから、単純にすごいなと思いますよ。」


お兄さんの言葉を聞いたその瞬間、ドバッと日常というものが現実味を持って覆いかぶさってきた。

旅をしていれば、社会に馴染めない奴や、社会に不満を持って飛び出してきた人たちにたくさん会う。

この退屈な毎日を変えるべきだ、そんな人生つまんないだろう?という考えが、安宿ではいつも飛び交う。


俺はなるべくそういった社会への不満は言わないようにしてきた。
旅の生活を一生するわけでないし、いずれ戻らないといけない場所だ。
懸命に働いている人たちが国を作っている。
みんなに人生があり、暮らしがあり、喜びがある。

自由に旅をしているからと言って社会を否定するなんて浅はかなことだと思う。



しかしやはり俺もずっと旅の中でそういった考えが染みついてきていたんだろう。

頭では理解していたが、兄さんの何気ない言葉が一気にフラッシュバックさせた。

人と同じでなければ不安。聞き飽きている言葉。
でもそれがとても実感を持って感じられた。








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基山のサービスエリアでは1時間半と、結構ハマってしまったんだけど、ここで乗せてくれた人たちはまたさっきの兄さんとかけ離れた人たちだった。

車に乗り込むといきなり懐かしい臭いがした。南米や東南アジアで包まれていたあの煙の臭い。


「なになに~、世界一周?めちゃクールじゃんかよ~。」


ピースフルな車内にはゆったりとした音楽が気持ち良く流れており、いかにもパーティー好きといった3人。
さっきの兄さんとあまりに対象的でそれがおかしくて色んな旅の話をした。



「あっはっはっは!!!鳥取からロシアァ!!?シベリア鉄道でウォッカァ!?マジナイスだよー!!」


ゆるい空気で盛り上がりながら高速道路を走る。

品行方正な国、日本。
でもごく稀にこういう人たちもいるよな。
こういうパーティーを楽しみたいならば探せばどこかにあるってことだ。
レイブよりももっとコアなやつがね。















日田市のあたりにあるサービスエリアでおろしてもらい、気持ち良くなりながら駐車場の出口付近まで歩き、タバコに火をつける。



腹減ったな………



なんか食べたいけど金はない。

さっきの兄さんたちが昼飯おごるよ~って言ってくれたけど、お断りさせてもらった。


帰国最初のご飯は実家の飯と決めている。
コンビニオニギリもラーメンも今の俺には目に入らない。


必ず家でスキヤキを食べてやる!!!


と言いたいところだけど今日帰ることは親には伝えていない。
いつたどり着くかわからないし、こまめにWi-Fiも拾えない。


まぁ多分帰れば何かあるだろう。
お母さんのご飯ならなんでもいい。









「あ!!お兄さん!!乗ってきます!?」


「え?!は、は、はい!?はい!!」



タバコを吸っていたらいきなり後ろからお兄さんが元気に声をかけてきた。


日本でも出た、

奥義、親指立てる前にヒッチ成功。





バンに乗り込むと、車内ではおばさまがたの宴会が繰り広げられていた。



「あっらまー!!ホラ!!ここ座んなさい!!」


「あれー!!旅人ちやつね!?」



なにやらみなさんはソフトバレーのグループらしく、これから別府まで試合に行くところなんだそうだが、

大丈夫なの?っていうくらい元気にお酒を飲んでるおばさまたち。



「はい!!兄さんも飲みんさい!!ワインね!?」


「いやいや、最初はビールからがよかごたる!!」


「あれまぁ、世界一周ね、親御さんは知っとりなさっとねぇ!?」



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とにかくおばさまたちの陽気なお喋りでぺちゃくちゃぺちゃくちゃと賑やかな車内。

男性陣はそんなおばさまたちにタジタジなっている。

こんな綺麗な女の人もいた!!

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「いやー、サービスエリアかい出ようとしたら兄さんの姿の見えたけん、みなさんに相談したとですよ。そしたら全員が乗しちゃらんね!!って言うかいですねー。」


「そりゃそうよー!!危ない人じゃってん、こっちは7人もおるとやかい大丈夫やからね!!」



もう、大盛り上がりの車内。
おばさまパワー炸裂で俺も久しぶりのこの状況にどうしていいかわからなくなるけど、まぁとにかくみんな優しい。




道路脇で親指立ててる時もそう。

欧米みたいに中指立ててくるバカも、乗せるふりして目の前に止まってファックオフ!!って笑いながら叫んで走り去るようなやつなんてまずいない。

日本では逆にドライバーが俺に向かってペコンと頭を下げてくる。
乗せてあげられなくてゴメンなさい、みたいな感じで申し訳なさそうに。

マジでビビる。
なんて謙虚で丁寧な人たちなんだろう。



今朝の港の入国審査の時もそうだった。

荷物チェックカウンターの職員さんが鬼レベルの腰の低さだった。


「あ、大変申し訳ないんですがお荷物の方、確認させていただきます。え、では、失礼いたしまして、横向きにさせていただきまして、こちら開けてもよろしいでしょうか?あ、こちらユーモラスなお人形ですね。」



とかって、もう世界中のイミグレーションの奴らに見せたいよ。

荷物なんてガンガンぶん投げるし、何も言わずに中身ベロベロに引きずり出して散らかしまくって、はい、あと自分で戻せボケ、みたいな感じで超上からの態度。


トロールもどれだけいじくられまくったことか。
トロールを見せろと言われバッグからはずすと、それを持ってニコニコしながら周りの人たちに見せて回って写真を撮ったりしてる。
職権乱用しすぎ。



それがもう日本人ウルトラ丁寧。
バッグパックなんてエルメスのバーキンを扱うかのごとく慎重に動かしている。

ギター持ってるからって、よし、じゃあここで歌ってみろ、なんて強制的に入国オーディションを開催してきたりもしねぇ。


もう入国からたったここまでで、とにかく日本人の神経質なまでの丁寧さってやつに驚かされっぱなしだ。





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おばちゃんたちのバンを降りて、別府のサービスエリアでタバコを吸っていると、外のベンチに座っていたお婆ちゃんがいた。
すると建物の中から職員のお姉さんが出てきて、中があったかいですよー、お茶もありますからーって言ってサービスエリアの建物にお婆さんを連れて入った。

なんでそこまで出来るんだよ。
婆ちゃん外のベンチに座ってただけだぞ?

婆ちゃんが中の売店でカモられてしまわないか心配になってしまう。

日本人てこんなに優しかったっけ……?













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45分待ちで1台の車が目の前に止まった。


ブォオーンン!!ブオオオオンンン!!!


というエンジン音を轟かせたその車は、まぁ見るからに走り屋さん丸出しの感じで、イニシャルD的な雰囲気だった。



「延岡まで行くよー!!」



うおおお!!!

別府から大分市を越えて、さらに県境の山間部の先にある延岡まで行くとのこと!!!
延岡まで行けば日向までは30分の距離!!

もう走り屋さんだろうがなんだろうが関係ねぇ!!

お願いします!!と言って乗り込んだ。





「なんだいなんだい!!?世界一周してきて今その帰りだって!?今から日向の実家に帰って世界一周が終わる!?嘘だろ!?」


ドライバーさんは、車からしてもっと怖い人を想像していたのにこれがなんとも話しやすいほがらかな人だった。

俺の旅のことをたくさん質問してくれ、そのたびに大笑いして話を聞いてくれる。



「あっはっはっはっは!!なんだよそれ!!おっもしろいなぁ!!いやー、こんな面白いヒッチハイカー初めてだよ!!」



お名前は野々裏さんとおっしゃり、今日も夕方まで博多で仕事をしていたんだそう。

突然延岡の母方の実家から連絡が入り、お婆さんが体調が良くないということで今急いで向かっていたところなんだそう。



「まぁすぐにどうこうなるわけじゃないから大丈夫なんだけどね。それよりさ!!俺日向まで行くよ!!家まで送って行く!!俺で良ければ世界一周最後の車にさせてくれないかな!?」


「え!だ、ダメですよ!!お婆さんのとこに行かなきゃ!!」


「いや、本当大丈夫なんだよ。すぐすぐどうなるわけじゃないから。もー、俺は今はこの巡り合わせに感動してるんだよ。でも送ってくから親子のご対面ってやつ、見させてよ。遠くからこっそりでいいから。ハグとかするんでしょ?」


「いや、ハグなんかしないですよ母親と。こっぱずかしいです。」


「あっはっはっはっは!!それくらいやっちゃいなよー!!2年4ヶ月も心配かけたんだからさ!!あっはっはっは!!」









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車は見かけの通りにすごいスピードでビュンビュンに山を駆け抜けた。

この大分~宮崎の県境の辺りは九州の中で唯一と言っていい高速道路の繋がっていない区間で、クネクネの山道しか通っていない。

そのせいで陸の孤島なんて呼ばれているんだけど、この2年4ヶ月の間で随分と大分側の高速が宮崎に伸びてきていた。

さすがにまだ宮崎まで直行、というわけにはいかないが、本当に県境のわずかな区間だけ道がまだできていないだけで、宮崎側に入ってからまたすぐに高速に乗ることができた。





おかげですごい時間の短縮となり、プラスしてこの走り屋仕様の車。

あっという間に山の向こうに延岡の街明かりが見えてきた。



ヤバイ、ドキドキが止まらない。
一気に緊張が高まってきた。

なにに緊張しているのかうまく説明できないが、とにかく鼓動が早くなり手に汗をかいている。



日向のインターチェンジを降りたころにはもう心臓が爆発しそうになっていた。


国道10号線に出ると、見慣れた光景が目に飛び込んできた。

信号の角のファミリーマート、ティッシュをくれるガソリンスタンド、昔からある潰れてるかやってるかわからない骨董品屋、

一瞬にして全てがフラッシュバックする。
ここにいた日々が蘇る。




あの2年前、ここを出た。

鼓動がどんどん早くなる。


やばい………やばい!!世界一周が、旅が終わる!!

スタート地点に戻り、世界一周の輪っかが繋がる!!


今自分がここにいることが信じられない!!

美々津の橋を越える!!
もう目の前だ!!


















車は家の前に着いた。

少し離れたところに車を止めてくれた野々裏さん。

美々津は田舎だし俺の家は高台にあって外灯もほとんどないので周りはとても暗い。

そんな中で車から荷物を降ろし、連絡先を交換させていただいた。




家の前の砂利道、その向こうにある玄関の明かり。

家には電気がついており、中に誰かがいる。

荷物を担ぎ上げる。
もう、こっからはどうやってもトラブルなんか起きないよな。

人生ゲームみたいに、直前でふりだしに戻るなんてマスはないはずだ。



あと20歩でゴール…………

なんともいえない感情が胸の奥から湧き出してくる。



「おめでとう、よくやった!!本当にお疲れ様!!」



野々裏さんが俺のために拍手をしてくれた。

大喝采ではない。

でも俺には100人分の拍手だった。


その拍手があまりにも胸に染みて、ふと涙が出そうになった。

野々裏さん、この旅最後の出会いがあなたで本当に良かったです。
本当に、本当にありがとうございました。

何度も握手して、そして意を決して野々裏さんに背を向けた。


家に入った。

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「おう、帰ったか。」


「ただいま。」


「荷物は2階に持って行けよ、散らかるから。」



家の中にはお父さんだけしかいなかった。
髪の毛が減っていたくらいで、他には変わりはなさそうだった。


懐かしの実家…………

着いた…………腹減った………

やっと飯食える………





「お母さんはどこ?」


「あー、山行ってるわ。」


「…………嘘やろ!?また山ぁ!?え?飯なんかある!?」


「ほら、そこにおはぎがあるぞ。」


「……………………」


「美味いぞー、隣からもらったとよ。」







大感動の再会とゴール!!



なんてものは無く、いつもの場所に座って、おはぎを食べて、お父さんと2人でテレビを見る。




「あー、あれか、ずっと歌っとったつか?」


「うん、いつも歌ってたよ。」


「…………泊まるのはどこに泊まっちょったっか?」


「ん、安宿とか……かな。」



短い会話をいくつか交わす。
テレビの音が部屋に流れる。
いつものようにNHKだ。

部屋の中は静かだ。
やつぎばやに喋るお母さんに比べて、口数の少ないお父さん。

多くは語らないけど、いつも俺のやることを黙って応援してくれた。いつも俺のことを信じてくれている。

でも間違ったことをした時はものすごく激しく怒られたもんだ。
何度も殴られた。

そんな怖かった父親が老けていくのを見なければいけないのはなかなか残酷なもの。








家の中の静けさがとても心地いい。

ゆうべ一睡もしていない体にビールが回って、もっと起きていられると思いながらも意識が薄れてきた。

2階に上がって、自分の部屋のベッドに布団をしき横になると、すごく気持ちよかった。


電気も付けっ放しで一瞬にして気絶した。







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途方もないこと

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9月21日 日曜日
【日本】 日向






コンコンコン、という部屋のドアをノックする音がして目を覚ました。

はーいって返事する前にドアが開いた。

ヒョコっとドアの隙間から顔をのぞかせたお母さん。

本当に文武なのか?といった怪訝な顔つきだったが、すぐに笑顔になった。



「やっと、帰ってきたねー。」


「あー、うん。」


「なんか食べるね?」


「うーん、焼き飯つくってよ。」


「えぇー?お米炊かんといかんやん。チャンポンあるよ、美味しーいやつが。」


「それレトルトやろ。ゆうべもロクなもの食べてないんやから作ってよ。」


「はいはい、わかりました。あ、これがトロールねー。ゴミみたいねー。」






もぞもぞとベッドから出て、ぼんやりとした頭で部屋の中を見渡した。

2年前とたいして変わっていない俺と兄貴の子供部屋。
兄貴はずっと東京で暮らしているので、ここはもう俺のものみたいになっている。

勉強机の上には学校を卒業してからの俺の写真や似顔絵が置いてあり、その横には洋服ケースが積みげられてる。





ふと部屋の隅に置いてあるボロいギターケースが目に入った。

あ、と思った。

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ズタボロになって蝶つがいが壊れ、蓋がパカパカと取れてしまうのでベルトで固定しているこのハードケース。

開けてみると、そこには綺麗なギターが入っていた。
俺が高校卒業前に路上でお金を貯めて買ったKヤイリのギター。

photo:02




日本でずっと使っていたこのギター。

ネオン街の流しも、ライブハウスのステージもこのギターで渡り歩いてきた。

こうしてご対面すると、なんだか不思議な気分だな。

ごめんな、ほったらかしにしてて。
他のギターと旅してきちゃって。

またたくさん弾くから、よろしくな。





部屋の中には、2年前で時の止まった小物たちがそのままの姿で置いてあった。

壊れたハーモニカ、すり減ったピック、使っていたキーケース。
あの頃の戦いの跡。

photo:03




窓際には出発前まで履いていた靴がポンと置いてあるし、引き出しの中には旅中には無縁だったブランド物の服がキチンとたたんで入っている。

テキトーにそこから懐かしい服を引っ張り出して袖を通した。
シャワーを浴びた清潔な体に新しい服を着ると、今までボロをまとって見知らぬ異国を放浪してきたという事実がまたひとつ遠ざかったように思えた。










photo:04



焼き飯は相変わらずいつもの味で、ぺろっと全部たいらげた。

昔、備前の知り合いの窯元に遊びに行かせてもらった時に作った湯のみでお茶を飲む。

家の中はそんなに変わっていなかった。
壁紙は張り替えたみたいで、心なしか家の中が明るい。
あと車も変わっていた。


「あんねー、新町の本家にノミが出てしもうてね、もーうひどかったとよー。お父さんもお母さんもあちこち噛まれからねー、隣のおばちゃんもやられたとよ。もう業者に頼んだほうがいいやろうか?」



お母さんは俺のブログを読んでくれていたので、どんな旅をしてきたのかわかっている。

なので別に旅のことを聞いてはこない。
いつもの何気ない美々津の、生活に付随するこぼれ話をお母さんは面白おかしく上手に話す。
周りを笑わせるのがうまいお母さん。

近所のことや、山でのこと、そんな話をしてくれた。

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お母さんと買い物に出かけた。

美々津は何もないので、車で15分くらいかけて日向の町に出なくてはいけない。


日向の町は2年前に比べて、さらにショボくれているようだった。

人の姿はまったく見られず、通りのお店もシャッターを固く閉ざしており、陰鬱な空気に満ちている。

どこにでもある地方都市の風景だけど、今の俺には余計に寂しく見える。

photo:09





南米のあの陽気な音楽はどこにも流れていないし、ヨーロッパの美しい石造りの建物に囲まれたショッピングストリートもない。

世界中にあんなにたくさんの町があったのに、俺の町はこの死んだように暗い無機質な町だ。
ここに子供の頃の思い出が詰まっている。

それなりに楽しくて、切なかったあの日々。


あの日自転車で走った道を車で通る。
この寂れた町の空の下、全ての曲がり角にささやかな生活がこびりついている。





昔見た映画を久しぶりに見ると、あ、ここはこういう意味があったんだ、とか、あーこのセリフはあのシーンと関連していたんだ、というふうに新しい発見がある。

いい映画は何回見ても新しい発見をさせてくれるものだ。

歳をとるたびに見えるものが変わっていき、頭も多少良くなり、性格や人生観もどんどん出来上がって行く。

自分では気づかなくても、周りの景色が自分が変わったことを教えてくれる。

ならば、日向の町の静けさと寂しさは、俺の心の中を表してるのかとハッとしてしまった。









名古屋の伯父さんのところにゴルフバッグを送らないといけなくて黒猫ヤマトに行ったんだけど、まぁハイテクだね!!

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伝票書こうと思ったら、スタッフのおばちゃんが、どこまで送りますかー?どこのゴルフ場ですかー?と聞いてくる。

そしてそれを駅の自動券売機みたいなタッチパネルの機械に入力していくと、一瞬にして伝票が出来上がった。
日向なまりの言葉でテキパキと対応してくれるおばちゃん。

こんな田舎の小さな営業所なのに、そのおばちゃんの対応は見事なものだった。
世界の先進国の大都会のそれにまったく引けをとらない。


そして言葉が全て通じるのもすごいと思った。

ただ、周りの会話が理解できてしまうことや、自分たちの会話が周りに理解されているということは、ある種不便で、気をつけないといけないと思った。






そして念願だった日向市民のソウルフード、天領うどんを食べた!!!

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死ぬかと思った。美味すぎて。

コシャリってなんだったの?あれ食物?


いやー、もうあまりに感動してしまって、入り口のところに遠慮がちに貼ってあったポスターを見て、10枚くらい買おうかなと思ったわ。

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うん、金ないけど。
驚くべき貧乏。

今度買おう。うどんTシャツ。
















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買い物を済まして美々津に戻り、小雨が降る中、傘を差して歩いた。

隣家のおじちゃんおばちゃんに挨拶に行くと、おー!無事帰ってきたか!と喜んでくれた。

ちょっと1杯飲んで行くか?と誘ってくれたけど、今夜は家でゆっくり食べるのでと断った。






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石垣、藪、古い墓場、鉄橋、ガタガタのアスファルト、川の向こうの中学校、海沿いの道、いつも吠えてくる犬。


何も変わらない美々津の風景。

美々津は歴史的な町並みの保存地区に指定されており、木造家屋、漆喰作りと連子格子の町並みが港の周りに広がっており、それなりに風情のある景観だ。

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かつて神武天皇が高千穂峰から降りてこられ、この美々津の港から大和へ向けて出航をされた、お船出の地として知られる由緒正しい港町ではあるけども、今ではただの寂れた過疎地だ。歴史すら風化しそうなほどに。


何軒か新しい家ができたりしていたけど、町という生き物が持つ体臭は、見た目が変わっても通りやブロック塀からそこはかとなく漂ってくる。

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いつ見てもずっとそこにある植木鉢や、割れたままで修理されない看板。
神社の苔むした鳥居の先にのびる階段がなんだか前よりも不気味に見える。











海沿いには何台かの車が止まっていて、サーファーたちが体を拭いていた。
美々津はサーファーたちの中で有名はポイントのひとつとなっている。


photo:21



砂浜はどんよりとした空の下に広がっていた。
台風が近づいているようで、テトラポッドに砕けた波しぶきが高く舞っている。

いつも台風前に海に来るのが好きだった。
うねる高波が迫ってきて、テトラポッドに当たって轟音とともに砕ける。その迫力は見ていてとても興奮した。

宮崎は台風がよく来る。

暇な田舎の子供たちには台風でさえ遊び相手だった。

photo:22





浜にはたくさんの木々が打ち上げられていた。

これらの流木はどこから流れ着いたんだろう。

あの水平線の向こう、遠い遠いはるかな異国の地から流れてきたんじゃないか。

子供のころ、いつもそう思いながら海をただよう漂流に憧れを抱いていた。

この海の先に知らない陸地があり、知らない人たちが知らない言葉を喋って、知らない神様を崇めていて、知らない歌を歌っている。


今の時代、地図を見ればその事実はわかる。テレビでその具体的な内容もわかる。

でも、なまじ知ってるからこそ、余計にイマジネーションが掻き立てられるということもある。

photo:23







あれはロマンだったのか。

水平線を眺めて、波にもまれてへし折れ、凪に漂い、太陽に焼かれ、誰からも忘れられた果てに流れ着いたこの砂浜。

月は輝き、潮騒が鳴る。

夜空に続く道が姿を現す。



今ならどこにでも行ける

この流木が生えてたところも



まるで知らない場所のように、目に映った。















墓場に行き、金丸家のお墓に手を合わせた。

横の石板には婆ちゃんの名前が加えられていた。
俺が、世界一周するんだと話した時、あんたは爺ちゃんみたいやわ、と半ば諦めたような顔で婆ちゃんは言った。

爺ちゃんはかつて戦争で中国にいた時、敗戦とともに日本軍が撤退していく中、仲間を集めて中国で馬賊を作ろうとしていたらしい。

日本に帰ってきてからも、いつも途方もないような話ばかりしちょったとよ、と教えてくれた。


少なくとも俺の記憶の中にある爺ちゃんは、厳しくて、頭が固くて、絵に描いたような古風な日本人だった。


そんな爺ちゃんも中学生の時に死んだし、婆ちゃんもついこの間、病院でみんなに看取られたそう。

別に特別な感情は浮かばない。
老人は俺たちより早く死ぬ。
俺は、俺の一生懸命な姿を婆ちゃんに見せられていたことを、誇らしく思う。




婆ちゃんは短歌をやっていて、いつも遊びに行くたびに読ませてもらっていた。詩を書くものとして、短歌はとても勉強になる。


いつだったか、婆ちゃんは俺のことを詠んでくれていた。

詳しくは忘れたけど、長い髪して孫がやってくる、っていうやつだった。
俺がいつも途方もないことを語りにやってくるのを、婆ちゃんが楽しみにしてくれていたと勝手に思いたい。



(婆ちゃん、俺やったよ。)



手を合わせながら呟いた。

また途方もないことを語りに来るからね。













photo:24



晩ご飯はすき焼きを食べた。

念願だったすき焼き。ちょっといいお肉を買ってくれたお母さん。

お父さんさんも今日はゴルフがあったので、いつものように反省会という名の飲み方で遅くまで帰らないはずだったんだけど、早めに切り上げて帰ってきてくれた。



「中国でしばらくブログの更新がなかった時があったがね。あんときゃもう、あー、もう死体の腐敗が進んで指紋がとれんなるから身元確認ができんなるわー、でもDNAで確認できるから2階に髪の毛落ちちょったっけ?って思ったりしちょったとよ。歯医者で歯型を探したほうがいいっちゃろかとか………」



大笑いながらお肉を食べる。味の染みたお麩も美味しい。
お父さんが最近お気に入りだという綾ワインも開けてくれた。


別に盛大ではないけれど、それがいい。
お父さんもお母さんも今までみたいに、これからどうするとね!!っていう詰問もしてこない。
さすがに今回は何も言わずに休ませてあげようと思ってくれている。







お腹いっぱいになり、ほろ酔いでワインを飲む。

つい先日まで外国の駅前で缶ビールを飲んでいたのに。

ハゲワシが人の死体を食べるような大陸の奥地にいたのに。



ここは日本。
故郷の実家。

無条件で俺を愛してくれる親と、仲のいい友達たちがいる。


何の心配事もなく満たされているというのに、どこか、なにか、しっくりこない。

でもきっと、最初はそんなものなのかもな……

誰にも会わずに、少しくらいゆっくりする時間があってもいいのかもしれないな。







すき焼き鍋から立ち昇る湯気の向こうにテレビが見え、そのニュースで、アメリカのイスラム過激派への空爆の話をやっていた。


立ち上がっておやすみと言って階段を上がった。









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旅の終わり

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9月22日 月曜日
【日本】 宮崎






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昼前の家の中には誰もいなかった。

お父さんもお母さんも仕事に出かけている。

台風が近づいてきており、天気は相変わらず悪いがまだ雨は降っていない。



シャワーを浴び、家にあった新しい服から旅中の古い服に着替えた。

全財産の6千円をポケットに入れ、トロールを持って家を出た。

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家のすぐ裏手が国道10号線になっており、その脇に立って親指を立てた。

中学生のころからどこかへ行く時はよくヒッチハイクをしていた。
美々津は電車が1時間おきにしか来ないし、切符代を節約できるのは子供にとっては嬉しいもの。

親指を立てているだけで行きたい場所に行けるなんて魔法みたいなものだと、あの時いつも興奮しながらヒッチハイクしていた。

あれからずいぶん遠くまで行った。
今も魔法は解けないまま。







1台目のおじさんが、少しだけだけど、と10kmほど走った都農町まで乗せてくれた。

最近は山の中に高速道路が通ったので、日向から宮崎までとても早く行けるようになったそうだ。

おかげで国道を走っているのは農家の軽トラックか田舎ヤンキーの車高の低い車ばかり。
なかなか乗せてもらえない。







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のんびりと歩いた。
歩きながら車が来たら親指を立てた。

風景は全てあの頃のままで、変わったことといえば俺が歳をとったくらいだ。

時間が止まったように静まっており、その中をポツポツと歩く。

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田んぼの中の一本道、トムウェイツの歌をうたった。





I'm leavin' my fam'ly
Leavin' all my friends
My body's at home
But my heart's in the wind
Where the clouds are like headlines
On a new front page sky
My tears are salt water
And the moon's full and high

And I know Martin Eden's
Gonna be proud of me
And many before me
Who've been called by the sea
To be up in the crow's nest
Singin' my say
Shiver me Timbers
'Cause I'm a-sailin' away

And the fog's liftin'
And the sand's shiftin'
I'm driftin' on out
Ol' Captain Ahab
He ain't got nothin' on me, now.
So swallow me, don't follow me
I'm trav'lin' alone
Blue water's my daughter
'n I'm gonna skip like a stone

So please call my missus
Gotta tell her not to cry
'Cause my goodbye is written
By the moon in the sky
Hey and nobody knows me
I can't fathom my stayin'
Shiver me timbers
'Cause I'm a-sailin' away

And the fog's liftin'
And the sand's shiftin'
I'm driftin' on out
Ol' Captain Ahab
He ain't got nothin' on me
So come and swallow me, follow me
I'm trav'lin' alone
Blue water's my daughter
'n I'm gonna skip like a stone

And I'm leavin' my family
Leavin' all my friends
My body's at home
But my heart's in the wind
Where the clouds are like headlines
Upon a new front page sky
And shiver me timbers
'Cause I'm a-sailin' away








焦りが胸の奥底で疼いている。

この穏やかな空気の中にいると、全てのことが一瞬にして過去になっていくように感じる。
あの記憶が、まるでどこかで見た映画のワンシーンのように思えてくる。


何もなかったかのように。

俺が経験したことではないみたいに。




すぐに消えてしまうのか。
あの苛烈な日々が薄れてしまうのか。
想像を遥かに超える毎日の中、死と隣り合わせで、出会いと別れに彩られた、あの鮮烈な記憶。



俺はこんなに元気で、まだ何だってできる体があるし、素早く思考することができる頭がある。

もっともっと、自分の限界に挑戦し続けることができる。



この焦燥感は、まるで知らない町に着いたときのあの不安に似ている。

何も知らない、何もわからない、でもここからゼロのスタートができる。この町でどんな出来事に出会えるだろう。

そう思って、大きい荷物を引きずって町の中へと歩きいった。
体はキツかったけど、気力は充実していた。





それが今、はやる気持ちはあるのに気力はそんなに湧いてこない。
秋の風が吹いて、ふわりとさらっていってしまう。


日本の、故郷の、このぬるま湯の中に浸かっているなんてとても耐え難い。
慣れてしまうことが怖い。忘れてしまうことが怖い。

どうしてこんなに焦るんだろう。
まだこれからなのに。


1台の車が俺の前に止まった。


「あ、宮崎ですか?いいですよ、どうぞ乗ってください。」












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宮崎駅にはあっという間に着いた。

病院でレントゲンを撮っているというお兄さんはなんと同じ日向高校の出身で、歳も近く、たくさんの話で盛り上がった。

兄さんの車を見送り、見慣れた宮崎の街の中を歩く。
こうして見ると、それなりに高いビルもあるように見えるが、やはり人の姿はまったくなく、暗い空の下にどんよりと沈んでいる。





経済だとか、政治だとか、戦争だとか、世界を周っていて色んな話を聞いた。
海外の人は日本人よりもよほど世界の情勢や歴史というものに詳しい。
それで結構恥ずかしい思いもしたし、おかげで多少は賢くなったかもしれない。


世界一周をしたら世界についてどう思うか、世界から帰ってきて日本の腐敗ぶりはどう見える、とかそんなことはまったく考えていない。

なのでここに書くこともない。

感じたことは日々の日記の中に書いてきた。


差別のくだらなさとか、愛の重要さとか、そういったことはとてもしっかり胸に刻まれた。

臭い行動を恥ずかしがらずにできるようになったと思う。





世界一周して変わること。


なんだろう。でもすごく面白い疑問だよな。
何が変わったか、これからきっと見つけて行こう。


楽しみだな。













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山形屋デパートの角にある花屋さんで6千円分作ってくださいと注文した。
汚れたお札だったけど、嫌な顔ひとつしないで受け取ってくれたお姉さん。

30分ほどで出来上がった大きな花束を抱え、宮崎の街の中を歩いた。

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アーケード街を抜け、いつものコンビニの角を曲がり、信号を渡る。

住宅エリアの中に入って行き、美容室の裏にある路地を進む。


ひとつのアパートの前に着いた。
階段を上がって通路を歩く。






ふう、とひとつ深呼吸をして玄関のピンポンを押す。

少ししてドアが開いた。




「いやあああああああああああ!!!!!!!!!!!バカバカバカバカバカ!!!!!!フミフミフミーーーーーーー!!!!!!!」



彼女が飛び出してきて抱きついてきた。

ゴメンね、こんなに遅くなって。



「はい、これ花………」


「くっせ!!!うわクッセ!!!ちょ待て!!入るな!!」



そう言って部屋の中に走っていった彼女。
手に消臭スプレーみたいなやつを持って戻ってきてゴミのように吹きかけられた。


お、俺そんなに臭いかな(´Д` )




まぁいいや。これ旅中の服だしな。







今度一緒に服買いに行こうね。














★いつもランキング投票のクリックありがとうございました。 

世界一周も終わりましたので、次の更新を最後にカテゴリーをかえたいと思います。

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最後の挨拶

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こんばんは、みなさん。

2年4ヶ月の旅が終わり、今は地元の宮崎でノンビリと過ごしています。


親と過ごし、友達と過ごし、お世話になっている人たちに挨拶して周っています。



旅中に助けられた人や海外の友人たちにも報告のメールをしました。
あまりの数にメールだけで丸2日くらいかかりましたが、みんなとの思い出を辿りながら文章をうつ作業は今の僕にとってこれから進む道への勇気となっています。











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嬉しいことにたくさんの飲み会に誘っていただいていますが、とにかくお金がないので、ひたすらおごってもらっています。

今日はあの男と飲みに行ってきました。
走ってる市バスの中にいきなり飛び込んできてニコニコしながら歌い始めるというあの男です。

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僕がランキングにいた間は本当に九州勢の旅人が多かったですよね。
これでミギーさんや舞さんがいたら乱交パーティーになったんですけどね。
お前の明太子で俺の阿蘇山をどげんかさせてみやがれ!っつって。


ウヒョオオオオオオオ!!!!指宿の砂風呂で身動きできないお前の顔に俺のイキのいい関サバをグラバー邸してやるうううあううううふうおおおおおおおお!!!!!











ケータ君が言ってました。
僕は言ってません。












この前、コンビニにコーヒーを買いに入ったら、あ、金丸さんですか!?って声をかけていただきました。ブログを読んでくださってた方でした。
本当にありがたいことです。

僕その時、手に何を持ってたと思います?




刃牙の単行本です。


本棚に刃牙の新シリーズみたいなのが置いてあったんですよ。

僕が日本を出た時、ちょうど勇次郎と刃牙が戦ってるところだったんです。1番ヤバいところでした。
でももうそれどころじゃなくなったので、今も戦いの結果は知りません。


それからの刃牙新シリーズだったので、うお、と思って手にとった瞬間、声をかけられました。

こいつやっぱり刃牙が好きなのか、って思ったことでしょう。





エロ本じゃなくてマジ助かりました。















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チキン南蛮も食べました。

恋い焦がれ続けたあのチキン南蛮です。

もちろん食べたのは僕が世界一美味しいと思っている宮崎の老舗洋食店、爛漫です。



モニュ………モニュ………



って食べました。刃牙みたいに。

宮崎に生まれて良かったと思える瞬間です。

友達が県外からやってきたら必ず連れて行きますので楽しみにしていてください。

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2年4ヶ月は短いようで、そこそこ長かったらしく、いろんなことが少しずつ変わっていました。
いいともが本当に終わっていたし、やしきたかじんが死んでいたし、友達に子供が増えていたり。

昼顔のおかげで浮気が大流行りみたいです。

宮崎の街の飲み屋街も、知らない居酒屋やラーメン屋さんができていました。



そんな穏やかな地元での生活も1週間が経ち、決して充分ではないけれど旅の後のやるべきこともある程度かたがつきました。

そろそろ次に行きたいと思います。



来月の頭から東京に行ってカッピーと会います。

ライブはまだ予定していませんが、これから少しずつ入れていきたいと思っていまし。
本も出します。

やれるだけの挑戦をしたいと思います。

これまでずっと応援してくださっていた方たちには、出来ることならもう少しお付き合いいただけたらとお願いします。


どうせここまで来たんです。目の前の道を進まないなんて手はありません。



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最後にブログランキングですが、これを最後に世界一周ランキングからは外れたいと思います。

なんのカテゴリーに移動するかは………


まだ考えてるところっていうか、どんなのがあるかもまだ見てないです。


麻美ゆまを美々津に呼ぼうカテゴリーとかないかな………





こんなこと書いてますけど、今お祭りに来ています。

目の前で宮崎のチームがヨサコイを踊ってるんですけど、踊り子さんたちの笑顔がヤバすぎてなんかウルウルきてます。

みんな笑顔で、はじけるような楽しそうな笑顔で踊ってます。

元気を出して!!元気を宮崎に!!ってハツラツと踊る明るい人たちを見ているとなんだか胸に迫るものがありました。

人の笑顔を見ていると嬉しくなります。

涙もろくなりました。









そんなことで、このへんで世界一周ブログはお開きにしたいと思います。

これからはボチボチ近況を報告していくくらいのペースで書いていこうと思っています。

これまで応援してくださって皆様、本当にありがとうございました。

そのうち皆さんの町に歌いに行かせてもらいます。
お会いできる日を楽しみにしています。

お世話になりました。







さぁ、旅しよう。

知らない場所へ。

あの海の向こうへ。

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